トランスジェンダー×シンガーソングライター、小川ハル

GIDinfoレポート

トランスジェンダー×シンガーソングライター、小川ハル

シンガーソングライターでもあり、プロデューサー業もされている小川ハルさんにインタビューをしてきました!トランスジェンダーならではの悩みや過渡期をどのように乗り越え、音楽や詩へアウトプットされているのでしょうか。

小川ハルさん
「音楽の処方箋」---文学的で情熱的なその歌は、少し疲れた人々の胸に深く響く。他アーティストへの楽曲提供や編曲、レコーディング等も手がけている。結成1周年で400人を集めたボーガルグループ「aoiro」のサウンドプロデュースを務める。趣味はキャンプ。

トランスジェンダーのカミングアウト

性別違和の気付き

自分が「僕」なの?「私」なの?っていうのはいつぐらいから感じました?

悩みだしたのは小学校高学年だけど、幼稚園の頃から「僕」だった気がする。

周りが男女で明確に住み分けがでてくるところで、馴染めなくなったパターンというか。上位カーストがあって、そこからはじき出された例ですね。

学生の時は「優等生じゃなきゃいけない」っていう呪縛がめちゃくちゃすごくて。イジメもありましたけど、「優等生はみんなと仲良くしないといけない」と思い込んでいたので、親にも内緒にしてました。

波風立たないように立たないように生きてきて、悪目立ちすることを一番恐れていました。ずっと恥ずかしいと思ってたんです、GIDであることが。

それもあって、高校卒業してからやっとカミングアウトです。カミングアウトしないことには、ことが始まらないので。でも、大変でした。

親と修羅場のカミングアウト

父親の話なんですけど、胸の手術について真剣に話をしているときに、急に胸を揉んできたんですよ。「なくなる前に触っとこう」って思ったのかわかんないですけど。僕にとってそうされることがどれだけ屈辱かっていうのがわからないんでしょうね。

昔からのステレオタイプな男女差別オジサンっていうのもありますけど、この人には一生こころをひらけないと思いました。

大学時代は音楽学校

小学校の頃からずっとピアノと作曲をやってたんで、音大に進んだのは自然な流れでしたね。

僕、もともと作曲家志望だったんですよ。
歌じゃなくて、ドラマの音楽を書きたかったんです。
映像に曲が入ることで泣かせるというか、音楽に心を持ってかれるというか。

「感動させたい」「感動したい」という欲求があるのだと思います。気持ちが動くことがすごく心地よくて好きなんです。

あと、Mr.Childrenにすごく感銘うけて。社会派じゃないですか。自分の境遇もあるし、もともと社会問題には関心があって。僕の中にも言いたいことがいっぱいあるな、と。ただ、言いたいことがありすぎて「音楽だけじゃなく言葉でもって、自分の口で伝えたい」って思って、作曲家志望からシンガーソングライター志望へと、変わっていきましたね(笑)

その後大学に入って、トランス。

音楽学校でのカースト制度は大丈夫でした?

僕が行ってたのは作曲家のコース。基本的にPCで曲作る人たち。建物が違うんです。POPSは隔離されてて(笑)

バイオリンとかピアノとか声楽とかやるような人たちは、派閥すごいあるんですけど、僕が行ってたところはむしろ、他人に興味がなくて、だから逆によかったです。興味なさすぎて、手術前日とかに心配してメールくれる人誰もいませんでした(笑)

大学入って失敗したなって思ったこと

入学してすぐ付き合い始めた子がいて、もうずっと一緒にいたんです。好きすぎて、冗談抜きで四六時中一緒にいました。で、別れて気づきました。「あれ!?俺、友達いなくね!?」と(笑)

彼女、アホみたいに社交的な子で。知らぬ間にたくさんの友達に囲まれていました。一方僕はというと…(笑)

在学中にどれだけ人脈を作っておくかで、今後の音楽活動に大きく差が出てくるところを…本当に失敗しました。

恋人家族との修羅場

その時の彼女の母親が、めちゃくちゃいい人で。彼女と、彼女の母親と、俺と3人で旅行にいったりしました。

GIDであることもカミングアウトもしてました。「治療が上手くいくように」ってお守りもらったりするぐらい仲良くしてもらってたんです。

きっと彼女との交際も応援してもらえるだろう、と思って交際していることを母親に言ってもらったんです。そしたら、手のひら返されて。

口もきかない目も合わさない、家事放棄、というような感じになってしまって。

ある日大学から帰っていると、彼女の母親が僕の家の最寄り駅で待ち伏せしていました。そして直筆の手紙を渡されました。

そこには「娘と別れろ」という内容。「私は娘に死ねといわれたら死ねます。」とも書いてありました。

こわくないですか。やばくないですか。
身内になったら態度が変わる、まさに偏見ですよ。

母親の偏見には絶対に負けない!って彼女と二人で頑張ろうって言ってたんですけど、彼女の気持ちが冷めてしまって別れてしまいました。

友達としてこの先も普通に接していけたらと思ってたけど、日が経つにつれて、視線も合わせず、挨拶も返してくれなくなってしまって。卒業式の日に母親と笑顔で話している姿が本当に恐怖でしたね。彼女が母親側に寝返ったっていうのがもう…すごい悔しくて。あの親子に社会的な敗北を喫した気がします。大きなショックでしたね。

ホルモン治療を始めて

トランスジェンダー情報収拾から始まったのに大事な友人に

ここ数年でブロガーとかYouTuberとか、昔に比べると簡単に情報収拾はできそうですよね。
5、6年前まではまだまだ情報がなかったですから。

僕は、病院とか治療方法とか、どのぐらいの副作用あるのか、っていうのをツイッターで個々人に聞いて回ってました。今では大切な友人で、一緒にキャンプに行ったりしてます。

トランスジェンダーの治療など情報を発信してる人たちのこと

配慮は必要かと思います。
たとえば、傷跡って当事者が知りたい情報ですよね。
胸の傷跡とか。腕とか。知ってる人がみたら「あ」って気づいちゃうかもしれない。だから非公開、特定公開とかにした方が嬉しい人たちはたくさんいるのかな、と思いますね。ちょっと無法地帯化しちゃってるのが不安です。

逆に、社会的な配慮が必要な内容、例えば「トイレでこういうところに困ってる」みたいな内容は発信したほうがいいと思います。

ホルモンの副作用は?

注射だと副作用が強くて今は錠剤なんです。
ホルモンが切れてくると指の力はいらないとか、立てなくなったり、貧血っぽいような状態になります。逆に注射で入れると鬱血して、しんどくなったり・・効きすぎちゃったりして。
なのでなるべくその振れ幅を少なくしたくて、内服薬にしてもらってだいぶ楽になりました。

ただその錠剤がなくなったらしくて。結局、注射に戻したんです。一昨日ぐらいに打ってきて、今の所大丈夫なんですけど、ちょっと心配ですよね。

血液検査は年一回ぐらいでやってます。肝臓の値だけは必ず見てます。

健康面に気をつけているんですね

だから手術しないっていうのもありますね。もともとの体が一番安定しているって決まってるじゃないですか。だから必要ない手は加えないほうがいいのかな、って。

僕の一番ストレスだったのが、人の目だったので。
声が低くなって、見た目も男っぽくなったら外でて見られることはないじゃないですか。だからホルモンいれて、胸とってしまえば、いいかなって。

今の所、手術の必要性は感じないですね。あえていうなら「立ちションできたらいいな」とは思いますけど。小便するのに5分待つのもな、とか。そのぐらいですね。

社会人になってわかってきたこと

大学卒業後、新卒時代は社会不安でいっぱいだった

大学出たあと、週4とかである程度収入を得ながら活動をしていこうと思って電子ピアノの店頭販売の契約社員になったんです。結構がっつり社員扱いで、研修のために大阪いったりしました。

対人恐怖や社会不安なところがあったので、それを克服したいと思って、思い切ってこの仕事に応募したんですけど、案の定やっぱりきつくて。

先輩のサポートが外れて、さぁ独り立ちするぞ!っていう日の朝にパニックを起こしてしまって「辞めます」って言いました(笑)めちゃくちゃ迷惑かけて大変でした。ごめんなさい~(汗)

今、音楽でお金もらってるから「俺死なないや」って

始めたバイトは最長で3ヶ月。さっき話した契約社員も挫折。それでもう無理だと思ったんですよ。
「ああ、俺、自力でお金稼げないな」って絶望してました。

だから、音楽のお仕事でお金を頂けている現状に、「大丈夫だ、俺死なないや」って。
大きな自信というか、安心になってます。

治療前、制服着て世の中を歩いてる時って相当の視線恐怖症だったんですよ。
ちょっとコンビニにいくだけでも。

気持ちの問題ですよね。ライブ終わった後とかは派手な格好でも歩けるんですよ(笑)

レールに乗らなくても人生を謳歌している人たちがたくさんいる

クラシックの人たちも私達は特別というか。高貴というか。そういうのまだあるんですよ。「ライブハウスなんてあんな汚いところいきませんわ」みたいな。クラシックから、POPSの世界に踏み込む時も劣等感がありました。

今でこそくだらないプライドだと思いますけど、そういうのから抜け出せたのは、ここ3年ぐらい。
それまでやっぱり就職の失敗とかも含めて、「そっち側」と「こっち側」みたいなのがありましたね。

トランスジェンダー×シンガーソングライター

音楽の仕事ってどんなことですか?

ざっくりいうと「音楽プロデューサー」をやってます。
アーティストが作った曲をアレンジしたり、レコーディングをしてCDをつくったりとか。たまにアーティストのライブにピアニストとして出演したり。
包括的に音楽制作に携わってます。

それとは別に、シンガーソングライター「小川ハル」として個人で活動してます。二足のわらじです。

どこの世界もそうかもしれないですけど、それこそ血反吐はいて、1日一曲以上のペースでかいて、やっと芽が出るか出ないかぐらいの世界ですね。

むちゃくちゃストレスフル。作曲って。
その分、できあがったのを聞くと嬉しいんですけどね。

トランスジェンダーのシンガーとして

声変わりをして、歌ってどうです?

悩みましたよ。珍しい声だねって言われたこともあったし。
ただシンガーとしてはそんな躓きはしなかったですね。「障害を乗り越えました!」っていうんじゃなくて、普通に声変わりして、ボイトレ通って、普通に声は出るようになりました。

「前は、この音階まで出たのに」とかありそうですよね

それは当たり前じゃないですか(笑)
高い声出なくなった代わりに、声変わりして、低い音出るようになったからいっかな~っていう、いい意味での諦めですね(苦笑)

ただ、人工的に声変わりをさせた声帯がどこまでやれるのかは見てみたいなっていう興味はすごいあります。実験的な意味合いでもシンガーソングライターとしての活動は続けたいです。
声変わりしてもそこから努力して、他のシンガーとかとぶつかっていけるぐらいになったら、いろんな人の背中を押せるんじゃないかなって。

僕自体がポンコツなので、「ポンコツでもこんなにできるんだったら、あぁ、私も大丈夫だな」って思ってもらえたらいいかなって思ってます。

小川ハルさん 小川ハル
「人の心を動かしたい」
3歳からクラシックピアノを、6歳から作曲を学ぶ。ドラマ音楽の作曲家を目指し、東京音楽大学作曲科(映画・放送音楽コース)に進学。自身がトランスジェンダー(女→男)であり、幼いころから自分との葛藤や周りから虐めを受け、人の生き方や社会問題について常に考えさせられてきた経験から、ドラマ音楽よりもっと的確に「言葉」で「自分の声」で思いを伝えたいと、シンガーソングライターの道へ。「音楽の処方箋」を合言葉に、強く優しく、時にえぐるように、歌を届けている。
自身の活動のほか、「aoiro」や「マラマラマ」など他アーティストへの楽曲提供やアレンジ、レコーディング、ピアノサポート等を行なっている。
「The 10th Music Revolution」東日本ファイナル優秀賞。

ハルの夜の夢
【11/7(水)】ハルの夜の夢 Vol.2
場所:青山RizM
時間:17:30 open / 18:00 start
料金:3500円/4000円+1drink
出演:小川ハル/Snugs/照沼サラ/トナリノサティ/マラマラマ/ラチエンブラザーズ(五十音順)