“性別違和”を相談する児童600人以上、治療も高額……“声優のアイコ”事件に見る日本の「性別事情」
[記事ソース:Business Journal] 2014年8月5日
7月7日に逮捕された「声優のアイコ」と名乗る女による昏睡強盗事件は、容疑者が心と体の性が一致しない「性同一性障害(Gender Identity Disorder)」だということで、世間の注目を浴びた。容疑者は、普段は男性として生活し、2年ほど前に乳房の除去手術を受けていた。一連の事件はこの手術と同じ時期から起きていて、手術費用などによる経済的な困窮が犯行に至った一因ともいわれている。
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こうした報道がある以前、あまり知られていないが、今年5月、日本精神神経学会は「性同一性障害」を「性別違和」に名称を変更するよう全国に呼びかけた。米国で昨年策定された精神疾患の新診断基準「DSM-5」に基づき新しい指針を作成し、差別意識を生まないように配慮した上でのものだった。
“普通”とは違うことで生じる偏見や差別を考えれば、名称変更は単なる言い換えではなく、性の多様性を認め合う積極的な意味を持つといえる。
「性別違和」は、何らかの原因で生まれつき身体的性別と性同一性に関わる脳の一部とが一致しない状態で出生したと考えられている。自身の性別に大きな違和感があるため、苦痛や悩み、不安などを経験する。自らの性別を嫌悪したり、反対の性別になりたいと強く望むため、異性装をしたり、反対の性別としての遊びを好んだりするため、周囲の理解がなければ偏見や差別を受けやすい。
●決して少なくない性別違和者
性別違和の人は、これまで国内の男性3万人に1人、女性10万人の1人の割合で存在するとされてきた(「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」)。だが、2012年に発表された北海道文教大などのグループの研究によると、2800人に1人程度といわれ、国内の総人口に当てはめると全国に約4万6000人いる計算になる。
今年6月、文部科学省は、体の性に違和感を持ち、学校に相談している児童生徒が全国の小中高校などで少なくとも606人いると発表した。そのうち、学校側から何らかの配慮を受けていた児童生徒は、6割にとどまったという。だが、学校現場での対応に統一的な方針はなく、「学校と教委が協力し、個別のケースに対応してほしい」としている。
一方、現場の理解や対応が進まない状況に対して、同月、宮崎県の太田清海県議が自分の子どもが性別違和で苦しんだ経験を告白し、同じ障害の児童生徒への教育現場の対応を質したことがニュースとなった。
●性別違和の診断法と治療の実像
一般的に性別違和の診断は、染色体やホルモン、内性器、外性器の検査で生物学的性別を証明することから始まる。そして、これまでの生育歴や生活史、言動、人間関係などを調べ、ジェンダー(社会的・文化的な性のあり方)を決定する。精神科医2名の診断によって確定するが、両者の診断が不一致の場合には3人目の精神科医の診断を求める。そして治療は、精神療法、内分泌療法(ホルモン療法)、外科的治療の3段階で進められるのだ。
本人にとってふさわしい性別の決定・選択を援助する精神療法を行っても、ジェンダーに合わせようと希望するとき、反対の性ホルモンを投与するのが内分泌療法だ。さらにジェンダーに近づけるため、外性器などに外科的に手を加える治療法を性別適合手術と呼ぶ。
日本では04年、こうした人たちへの治療の効果を高め、社会生活上のさまざまな問題を解消するために、定められた要件を満たせば性別変更を可能とする特例法を施行した。11年度までに約3000人が性別変更を行ったとされる。
ヨーロッパ諸国、アメリカやカナダのほとんどの州では1970~80年代に法的な性別の訂正を認めているが、日本を含めこれらの国では、性器の外見を変える性別適合手術を受けていることが要件だ。治療は保険適用外で、ホルモン療法は1回数千円、手術は数百万円もかかる。経済的理由で戸籍変更をあきらめている人は少なくない。
イギリスやスペインなど、手術しなくても性別を変えられる国は増えてきたが、性別違和者にとっての社会のサポートはこれからだといえる。
(文=チーム・ヘルスプレス)